京都国際マンガミュージアムでは、昔なつかしの紙芝居を今に伝える 「ヤッサン一座の紙芝居」がいつでもご覧いただけます。 幼児からお年寄りまで観て楽しいヤッサン一座による紙芝居パフォーマンスをぜひご堪能ください。
マンガは、子どもに受け入れられやすい表現メディアまたはコミュニケーション手段として、教育学や児童文化などの隣接分野からも注目されてきました。とりわけ興味深いのが、昭和の前半期に日本の広い地域で親しまれた大衆文化・紙芝居との関係です。
全盛期の昭和25年頃には、東京で約3千人・全国で約5万人の紙芝居業者がいたといわれますが、その中には、水木しげる、白土三平、小島剛夕など、次代の貸本劇画を担う人物たちも絵師として参入していました。その意味では、昭和30年代のテレビ普及に従って衰退したとされる紙芝居は、その作品名やキャラクターまたは表現の一部において、マンガという異なる表現・メディアに姿形を変えて生き続けたと考えることもできます。
街頭紙芝居と教育紙芝居という2種類の形態を有す紙芝居は、後者が戦中の教育に活用された実例を持つなど、過去に子どもたちの教化手段としての役割を担ってきました。
街頭も含め、紙芝居の持つ子どもたちに与える影響力は実に大きく、その表現・メディアとしての教育的効果についての考察もなされています。教材としてのマンガの在り方を問うためにも、この紙芝居=「送り手と受け手が同じ時間と場所を共有して作り上げる紙の物語」との比較検討は重要な課題といえます。
口演予定
■口演予定プログラム
4コマ紙芝居
言葉の無い紙芝居 ほか
古くて新しい紙芝居 およそ30分口演
※昔なつかしい「水飴・カタヌキセット」の販売もあります。
■口演予定時間
| 土・日・祝 | 12:00 / 13:30 / 15:00 / 16:30 |
| 月・火・木・金 | 12:00 / 13:30 / 15:00 |
※口演時間 約30分
※変更や休止の場合もありますので直前にご確認願います
※団体でのご予約の場合はご相談ください
プロフィール
ヤッサン こと 安野侑志(やすの・ゆうし)
| 1943年 | 山形県鶴岡市生まれ |
| 1972年 | 当時大阪府だけに残っていた紙芝居業者免許を取得。結婚デザイン業に関わり、式場紙芝居等を企画。その後、大阪を中心に全国でも営業。「紙芝居のヤッサン」と人気を博す。 ※免許制度は昭和58年まで施行されていました |
| 2000年 | NPO法人少年会議所設立、理事長就任 (現 相談役) |
| 2001年 | 「土日楽校」開校 |
| 2008年 | 京都文化ベンチャーコンペティション 文化ビジネスアイデア部門 京都府知事賞(最優秀賞) 受賞 |
大阪府能勢町在住。
私にとっての師匠とは少年時代に胸をときめかせて観ていた紙芝居のオジサンと、そして今、一筋縄では大人の言うことをきかない子ども達。どう対峙したらいいかを毎日考えさせられる彼らが、最大・最良の師匠と思っています。 (安野)
ちゃか丸 こと 安野ゆうみ
幼少の頃からヤッサンの紙芝居を観て育つ。紙芝居の初演は高校在学中。大学卒論にて「街頭紙芝居」をテーマにし、優秀賞を得る。幼稚園教諭一種免許。食育がテーマの幼児向け演目等を得意とする。
話しはじめると止まらない”ちゃかぽこ娘”といわれたことから「ちゃか丸」となりました。
兵庫県川西市・大阪府能勢町・和歌山市の教育委員会からの委託口演などを担当。
らっきょむ こと 荒木喜勇
2004年、芝居活動をするなかで三重県に農業研修に入る。田んぼ、畑に向かうなかで見えてくる、形の無い「いのちのかたち」。その思いを言葉の力で伝えたい、と考えた末、紙芝居に至る。
2005年、師匠ヤッサンに出会い、弟子入り。
2006年正月にデビュー。以後、姉弟子ちゃか丸と共に、兵庫県川西市・和歌山市の教育委員会からの委託口演などを担当。
2007年5月より、当館にて定期口演をする傍ら、現在、大阪府能勢町にて師匠の家を拠点に農業に従事し、農の紙芝居道を目指す。
Do・ビンゴ こと 坂下智宏
昭和55年6月20日生まれ。紙芝居の魅力に取りつかれた男。
大学では地方財政改革の研究をしていたが、全く畑違いの道を歩む。
その美声と美貌は、お客さんの心をとらえ、マンガミュージアムや大学祭等で大人気。

